晴れましたが 寒いです。
お店のドアを開けていると 手をモミモミするほど。
昨日、ニュースで三鷹の猫の裁判結果がニュースになりましたね。
へ〜〜、こんなことを裁判かける人がいるんだ〜〜というのが正直な気持ち。
原告側と被告(といわれる)者側との言い争いは 表面的には えさやりにより 居ついた猫の糞尿や鳴き声での安眠妨害などの被害が主題のようです。
裁判を傍聴された方のブログも読みました
あらゆる方面から いいたい放題のブログも読んでみました。
其々ご自身の持論はうなづけるものばかりですが、気になったのは人間同士のコミュニケーションがとれなかった結果、猫の問題に摩り替えられてしまったのではという意見が多いのに気づきました。
野良猫問題を引き合いにして被害を訴える方の意見は やはり人間が最も快適に暮らすことを重視して共存することへのリスクは 自分たちで負うべきでないという強いメッセージ感じます。
第一にこの事件は共同住宅の規約を盾にとっています。
同じような共同住宅で裁判に敗訴した例もあって、一例一例状態が違っているのでしょうね。
動物愛護と声高にしなくても 動物がいて、人間が暮らしていて 少しづつ譲り合って我慢できるところを理解しあって。。。人間自身が大いに迷惑かけて暮らしている人も多いのです。自分では気づかないけどね。
それを【お互い様】といって 暮らす心を誰もが持っているはずなんだけど。
こんなコメントを見つけました。
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せちがらい世の中だな。
人間自身も住みにくい街になってるって気づいてるのかな。
野良を迷惑がってしめ出す街はダメなまちだよ。
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私もこんな意見なんですが・・・皆さんはどう感じられたでしょうね。